作曲はシューベルト!
歌のメロディーは他の曲にも転用です!
皆さんもご存知の通り、シューベルトは沢山の歌曲を作曲しています。その内の1曲が「鱒(ます)」です。元々の「ます」は、ピアノ伴奏と独唱で性別やその音域の指定はありません。すなわち、ソプラノでもアルトでもテノールでもバスでも演奏可能です。この曲はテンポが速めで、いかにもスイスイと鱒が泳いでいるかのような感じです。演奏時間は2分程度と短く、手軽に演奏して聴けるのも魅力です。
歌詞の内容は、「川の中で鱒がすいすいと泳いでいたが、釣り人がずるをして水を濁らせ、ますを釣り上げる」という内容です。伸び伸びと泳ぐ鱒の儚さを歌っているようですが、実はこれには更に続きがあります。シューベルト本人はそれを省略しています。その内容は、「川を汚す釣り人の様に汚い男もいるから女性は気を付けなさい。」というものです。純粋に水の中を泳ぐますの音楽を作る上では、確かにその趣旨の詩は相応しくないですね。
この「ます」が作曲されたのは1817年、シューベルトが作曲家としての意欲と自信を付けて学校の先生を辞めて1年がたった時でした。しかし、本人は貧しく不潔でした。その為、女性からは好かれなかったのです。私はシューベルト自身がモテなかった事もあって、「悪い男もいるから女性は気を付けろ。」という部分は省略されたのでは?と思っています。自分ににとっては耳の痛い内容だったのでしょう。その一方、シューベルトは男からであれば人気者で、彼らがこの音楽家を支援したお陰で音楽サークルも出来ました。そのような少人数で楽しめる音楽を普通に聴いては嗜む為の作曲にシューベルトは力を注ぎ、多くの歌曲や室内楽曲などが生まれたのです。室内楽曲とは、少人数で楽器を演奏し、それぞれ違うメロディーを奏でる楽曲のジャンルです。
その様な中、1819年には「ます」のメロディーを採り入れたピアノ五重奏曲が誕生しました。編成はピアノ・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスが一人ずつ、全部で5楽章です。依頼主は鉱山技師でアマチュアのチェロ奏者をやっていて、その人の要望で「ます」の旋律が盛り込まれました。その音楽の全体的な傾向は、歌曲の「ます」と同じだけの抒情性に満ちていて、時として力強く音を鳴らすシューベルトらしい作風です。仲睦まじく友人と音楽をやっている光景が如何にも目に浮かびます。その肝心な「ます」のメロディーは第4楽章で用いられ、変奏曲という様式でそれは展開されます。変奏曲とは、一定の旋律が装飾などを加えられながら何回も繰り返される音楽の様式の事です。この第4楽章の演奏時間は8分程度ですが、5楽章合わせると演奏時間は約40分になります。ここまで長いと、シューベルトの友人たちは大丈夫なの?となりますが、これはシューベルトがベートーヴェンの影響を受けたためでしょう。ベートーヴェンは音楽の変革を行って、演奏時間の長い曲を作りましたから、シューベルトもそれに倣って長大な曲を作ったと言えましょう。
なお、このピアノ五重奏曲はシューベルトの生前には出版されず、死後になって世に出回りました。彼自身、野心もお金の執着も無かったため公開演奏会や自作の出版で稼ぐ事には消極的で、身内で楽しめて自分もみんなも喜べばそれで良い、結果的に収入が多くなれば嬉しいかなという人でした。故に、作曲した音楽の総数に比べて出版された楽曲は非常に少なかったのです。
総じて言えば、「ます」はシューベルトの純朴さや人柄を如実に表した音楽です。